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zoom RSS 「おかあさ〜ん」とは叫んでない

<<   作成日時 : 2011/01/02 18:30   >>

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総会の駆け込み申込みが続いています。
これは嬉しいこと。
で、せっせと博多へFAXを送っていますが、
いまいち全体をつかんでいないので
一体どのくらい申し込んでいるのやら??

目下、私の楽しみは総会で誰と一緒の班になるかということ。
だって、今回は班ごとにお芝居(らしきもの)を作って
ぽんプラザで発表ってメニュー。
全国から集まる、組んだことのない役者たちと
組むことができるのだ。
これをワクワクせずしてどうする。

実際博多に行けば、
事務局の仕事があるから
そうもいってはいられないんだけど。

********************

今日は年末に録画していた
井上ひさしさんのドラマ「国語元年」を流しながら
資料を作成していた。

途中井上さんの講演の部分が少しあった。
その中で

今普通に「お父さん」「お母さん」と両親のことを
呼んでいるけれど、
「標準語」ができるまでは親の呼び方は
「お父さん」「お母さん」ではなかった。
これは人工的に作ったもので
こう呼びなさいと押し付けられた言葉。
だから、よく戦争(日清日露)などで兵隊さんが死に際に
「おかあさ〜ん」って叫んで死んだなんて言うけど
実際は、そうではなく、その青年が生まれ育った
地方、彼の呼び方で叫んだのではないかと
思う。たとえば「おかあちゃん」とか。

と言っていた。(↑言葉は正確ではありません)

私は、ちょっと想像して泣けてしまった。
死んでしまった兵隊さんにではなく、
彼の言葉を変えてしまったことに対して。
言葉を変えられたら、何だかその人の全てを変えられてしまう気がする。
戦争で「肉体」が殺されただけでも悲しいのに
そのうえ「その人そのもの」も殺されたようなもんじゃないか。

私は両親のことを
いまだに「パパ」「ママ」と呼ぶ。
生来照れ屋で、みんなが「お父さん」「お母さん」に切り替える時期に
改めてそう呼びなおすのが恥ずかしくて
時期を失ってしまったからなのだが。

オクニからの命令でもあったなら
切り替えもできたのだろうか。

うちの父は両親のことを
「おとさま」「おかさま」と言っていた。
山口出身だから。

うちの母は母親のことを
名前で「エミコさん」と呼んで
義父のことを「社長」と呼んでいた。

なんでこんなことを
正月早々ダラダラ書いているかと言うと
年賀状に子どもの写真がたくさんあって
どの笑顔も楽しそうで、きっとこの年賀状を作った人(親ですね)も
楽しくて幸せで
たくさんの笑顔を見せてもらえる私も幸せだなあ、
なんて思っていたからだ。

今週博多に行って
子どもたちのことをたくさんの人たちと考えるからだ。

で、その人たちと作品を創る。
いろいろ話してから。

どんな内容だったかは、また帰ってから。。。

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